ホーチミンのベトナムとホーチミンの文化
ベトナム南部ホーチミンは、日本でいう大阪といわれています。北部首都ハノイの人々と比べると大らかで人当たりがよく、穏やかな気質(自称)ホーチミンはベトナム戦争以前はサイゴンと呼ばれていましたが、ベトナム戦争以後、ホー・チ・ミン主席の功績にちなんで、「ホーチミン」と名称を改めました。ただし、現在でもサイゴンの名はいたるところで使われていますので、旅行者はどちらの名称を使用しても差し障りありません。ホーチミンの文化は北部ハノイや中部地方と相対的に鑑みても、「商人の都」と呼ぶことができます。首都ハノイに住む人々でさえ、商売をしにホーチミンへ移住するほど。ホーチミンの人々はベトナム戦争後に財産をすべて没収され、そののち政府が土地を新たに分け与えました。何もないゼロのところから、彼らは商売をはじめ、現在ではベトナム最大の商業都市へと発展に導いたのは感服します。その他、ホーチミンの文化は多種多様。人種も現在でこそキン族(ベトナム人)がほとんどですが、一昔前まではクメール人も都心に出てきていましたし、現在でもメコンデルタ地方には多く暮らしています。その他、カオダイ教やココナッツ教といった新興宗教も南部地方を中心に栄えました。また、自然の恵みを享受したメコンデルタ地方が近いことも、ホーチミンシティが発展した礎の一つだと考えられています。インフラが整っていない中で、メコンデルタ地方で獲れる野菜、果物、魚介、米などの多くはホーチミンに運ばれ、そこから各エリアに輸送されます。ホーチミンはメコンデルタに住む人々にとって、自分たちの農作物や魚介を売り捌く大切な要所となったのです。それは21世紀の現在でも変わりありなく、ホーチミン市の人口の6割から7割はメコンデルタ地方出身のベトナム人とも言われています。そして、ホーチミンは昔から華人の人々とも盛んに交流してきました。時代によっては排他主義をとり、華人を迫害したときもありましたが、現在でもホーチミン市の5区と6区に跨るチョロンエリアは、ベトナム最大の中華街として、ベトナムに暮らす華人の8割はここで暮らしていると言われています。
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